浅草をめぐる日本語情緒<3> 市松模様(いちまつもよう)の粋な計らい(いきなはからい)

夜間に色づく浅草ビューホテルアネックス六区の壁画
市松模様の羽織(はおり)を着ている『鬼滅の刃(きめつのやいば)』の主人公・竈門炭治郎(かまど たんじろう)
ユニクロ浅草店

浅草をめぐる日本語情緒<3>

市松模様(いちまつもよう)の粋な計らい(いきなはからい)

何でも取り込み、浅草風味(ふうみ)に仕上げる「浅草鍋(なべ)」――の話を前回、引用(いんよう)しました。

今年6月にオープンしたばかりの「ユニクロ 浅草」も、早くも浅草の味が染(し)みこ込(こ)んできているようです。

今回の「『鬼滅(きめつ)の刃(やいば)』×浅草コラボイベント」でユニクロは、『鬼滅の刃』人気(にんき)で一世風靡(いっせいふうび)した「市松模様(いちまつもよう)」をモチーフに、TシャツやKIDSステテコなどの販売(はんばい)を行(おこなっ)ています。

主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が羽織(はお)っている、あの緑と黒の碁盤(ごばん)の模様です。

江戸時代、中村座(なかむらざ)の歌舞伎俳優(かぶきはいゆう)が、白と紺(こん)の碁盤模様の袴姿(はかますがた)で登場しました。この模様は日本で古くから愛されてきた文様(もんよう=デザイン)で、「霰(あられ)」とか、「石畳(いしだたみ)」などと呼ばれていました。

ところが、くだんの歌舞伎俳優、名前を「佐野川市松(さのがわいちまつ)」と言ったのですが、彼が人気を博(はく)すと、このデザインの名称が、たちまち「市松模様」と呼ばれるようになったのです。

佐野川市松が活躍した中村座は、市村座(いちむらざ)、森田座(もりたざ)と共に「江戸三座」と称された歌舞伎場です。「市松模様」が世間(せけん)に受けて100年後、この三座は浅草の猿若町(さるわかちょう=現在の浅草6丁目付近)を拠点(きょてん)に演芸活動を展開し、「猿若三座」と呼ばれていました。

上下また左右へと、無限(むげん)に広がる可能性を持つ市松模様は、7月23日(金)に開幕した東京五輪・パラリンピックのエンブレムに採用されました。「組市松紋(くみいちまつもん)」と呼ばれるデザインです。開会式には1800基(き)を超すドローンによって、このエンブレムが上空に描かれました。

『鬼滅の刃』とのコラボイベント期間中の、ある粋(いき)な計(はか)らいが話題を呼んでいます。

メイン会場である「浅草ビューホテルアネックス六区」の壁面(へきめん)が、夜になると、緑の「炭治郎カラー」に染(そ)まるのです。

「粋な計らい」とは、誰かを喜ばせるためにしたカッコ良くてすばらしい計画、といった意味です。

「いき(粋)」は、服装や仕草(しぐさ)などが洗練(せんれん)されていて、憧(あこが)れを感じるような様子(ようす)を言います。もとは「意気(いき)」で、心意気を示したり、感じたりしたものだったようです。

「粋」というように漢字でもよく見ますが、「いき」や「イキ」など、ひらがなやカタカナで書く場合もあります。

哲学者の九鬼周造(くきしゅうぞう)は1930年に刊行した『「いき」の構造』(岩波書店)で、「粋」を次の3つの観点から分析(ぶんせき)しています。

  • 異性(いせい)を魅了(みりょう)する「色気(いろけ)」<緊張性(きんちょうせい)>との関連性
  • 江戸っ子の「意気地(いくじ)」<気概(きがい)>との関連性
  • 仏教的な「諦め(あきらめ)」<執着(しゅうちゃく)からの離脱(りだつ)>との関連性

その上で九鬼は、西洋の「ダンディズム」などの言葉と対比しながら、「いき」は「わが国の民族的規定の特殊性(とくしゅせい)の下(もと)に成立する」と断言しています。

そして、次のように論を結(むす)んでいます。(現代表記に直しました)

「いき」の核心的(かくしんてき)意味は、その構造がわが民族存在の自己開示(じこかいじ)として把握(はあく)されたときに、十全(じゅうぜん=完全なこと)なる会得(えとく)と理解とを得(え)たのである。

(「いき」という言葉が持つ一番重要な意味は、(これまで私が分析してきた)「いき」の構造が、日本人一人ひとりの存在意識を外部に開いて見せたものであると了解されたときにはじめて、完全に理解することができる。)

九鬼修造著『「いき」の構造』

浅草のそこかしこに、日本らしさが漂(ただよ)う「粋」が見え隠(かく)れしています。

どうぞ、粋な浅草文化を体験しにいらしてください。

浅草のひさご通り商店街に掲げられた五輪エンブレム