浅草をめぐる日本語情緒<5> 「げげげ」と驚き、「ははは」と笑う






浅草をめぐる日本語情緒<5>
「げげげ」と驚(おどろ)き、「ははは」と笑(わら)う
今、ネット上で「アマビエ」なる妖怪(ようかい)の絵が取りざたされています。
何でも、江戸時代の肥後(ひご=現在の熊本県)の海に現れ、こう言って消えていったというのです。
私は海中に住む〝アマビエ〟という者です。当年より六ケ年の間、諸国豊年(しょこくほうねん)となるでしょう。
しかし、同時に病(やまい)も流行(りゅうこう)します。早々に私の姿(すがた)を描き写(うつ)して人々に見せなさい。
東郷隆『病と妖怪 ――予言獣アマビエの正体』(インターナショナル新書)より
コロナ禍(か)で疫病退散(えきびょうたいさん)を願う気持ちが、アマビエの絵に込められ、ネットにあふれています。
その中で特に秀逸(しゅういつ)だと評判(ひょうばん)なのが、明年(みょうねん)、生誕(せいたん)100周年を迎える漫画家(まんがか)・水木(みずき)しげるが生前、描いたアマビエです。
着色(ちゃくしょく)された絵からは神々(こうごう)しい光が放(はな)たれているようだと感動を広げています。
妖怪と言えば水木しげる、水木しげると言えば妖怪と言われるほど、妖怪愛の深い漫画家(まんがか)の代表作は『ゲゲゲの鬼太郎(きたろう)』です。
何と、この『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公・鬼太郎、そして目玉(めだま)おやじ、子泣き爺(こなきじじい)の石像(せきぞう)が、浅草の、とある場所に立っています。
それは浅草寺境内(せんそうじけいだい)。言問通り(ことといどおり)の「浅草観音堂裏(かんのんどううら)」交差点(こうさてん)から、浅草寺本堂に入っていく小径(こみち)の草むらです。
よく探(さが)さないと見逃(みのが)してしまいます。
そこには、かわいらしいゲゲゲファミリーの石像が3体。
そして、もう一つ、なぜかウルトラマンの石像も。
水木しげるの出身地である鳥取県(とっとりけん)の境港(さかいみなと)には、道のあちこちに鬼太郎らの銅像(どうぞう)があります。
この「水木しげるロード」には以前行ったことがあり、銅像のことも知っていました。
しかし、浅草にも鬼太郎がいたとは、つい最近まで知りませんでした。
『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文春文庫)という本があります。
著者(ちょしゃ)は水木悦子(みずきえつこ)さん、赤塚りえ子(あかつかりえこ)さん、手塚るみ子(てづかるみこ)さん。
同書の解説で南伸坊(みなみしんぼう)さんが書いています。
ゲゲゲの娘、というのは『ゲゲゲの鬼太郎』の水木さんの娘さんである。
レレレの娘、というのは『レレレのおじさん』の赤塚さんの娘さんである。
らららの娘、というのは、ららら科学の子『鉄腕(てつわん)アトム』の手塚さんの娘さんである。
(水木は水木しげる、赤塚は赤塚不二夫(ふじお)、手塚は手塚治虫(おさむ)のことで、いずれも日本を代表する漫画家。)
『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文春文庫)
水木悦子さんが、この本の中で、父親になぜ妖怪を描くのか聞いた時のエピソードを紹介しています。
妖怪の話は学術的(がくじゅつてき)な文で書いてあるものは多くあるんだけども、そんな難しいの普通の人は読まんだろ。
だからお父(とう)ちゃんは人々にわかりやすくしとる訳(わけ)なんだよ。
そういう事(こと)ができるのはお父ちゃんしかおらんのだよ。
いわば妖怪から与(あた)えられたお父ちゃんの使命(しめい)だ。わかったか。
『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文春文庫)
「げげげ」は驚く時に発(はっ)する声なので、これが由来(ゆらい)かと思っていましたが、水木しげるの名前にある「げ」からついた、幼少時(ようしょうじ)のあだ名から来ているそうです。
それにしても、この本のタイトル、言い得(え)て妙(みょう)です。
どうも日本語には、三つの同音を重(かさ)ねて発音すると、何か人の琴線(きんせん)に触(ふ)れるような妙味(みょうみ)を醸(かも)し出すことがあるようです。
漫画で言えば、横山光輝(よこやまみつてる)の『三国志』の登場人物が発する「むむむ」。
思い悩(なや)んだり、思わず唸(うな)ってしまうときに使われています。
ゲームでは「デデデ大王」というキャラクターがあります。
また、アニメなどでは、鼻で笑う「くくく」という表現もあります。
でも、笑いは何と言ってもやはり「は行」。
「ははは」は、声を出して快活(かいかつ)に大笑(たいしょう)します。
「ひひひ」は、どこか陰湿(いんしつ)なイメージの笑い。
「ふふふ」は、口を開かない含(ふく)み笑いです。
「へへへ」は、人をバカにした嘲笑(ちょうしょう)。または自慢(じまん)げに。
「ほほほ」は、やや上品(じょうひん)で控(ひかえ)めな微笑(びしょう)でしょうか。
「『ははは(歯歯歯)』と笑ってしまう川柳(せんりゅう)をお待ちしています。」と、「ははは川柳」を募集(ぼしゅう)しているのは、日本歯科技工士会(しかぎこうしかい)です。
(https://www.nichigi.or.jp/senryu/index.html)
8月31日(火)まで応募可能(おうぼかのう)です。
「歯」をテーマにしたお笑い川柳にチャレンジしてみてはどうでしょうか。
フランスの哲学者(てつがくしゃ)アランは『幸福論(こうふくろん)』の「友情(ゆうじょう)」に書き記(しる)しています。
喜(よろこ)びをめざますには、一種(いっしゅ)のきっかけが必要(ひつよう)である。
幼(おさな)い子供がはじめて笑う時、その笑いはまったくなにも表(あら)わしていない。
幸福だから笑うのではない。
むしろ、笑うから幸福なのだとわたしは言いたい。
アラン『幸福論』(宗左近訳、中公クラシックス)
今はなかなか「ははは」と心から笑えない時ですが(特にマスクなしで人前で)、一日も早く世界中の人に笑顔(えがお)が戻(もど)りますように。

