浅草をめぐる日本語情緒<10> 浅草寿町(ことぶきちょう)――縁起(えんぎ)のよい言葉で、ことほぐ


浅草をめぐる日本語情緒<10>
浅草寿町(ことぶきちょう)――縁起(えんぎ)のよい言葉で、ことほぐ
浅草国際学院の前の道を走る都(と)バスの行き先(ゆきさき)の一つに「浅草寿町(ことぶきちょう)」があります。
しかし、現在、東京都台東区(たいとうく)には「浅草寿町」はありません。「寿(ことぶき)」という地名(1丁目から4丁目まで)になっています。
寿1丁目の寿児童館(ことぶきじどうかん)では「ことブックタイム」という催し(もよおし)があり、子どもたちが活字(かつじ)に親(した)しめるように工夫(くふう)しているようです。
児童館の建物(たてもの)の横にすべり台があります。ちょっと気になったので、児童館の方(かた)にうかがってみました。すると、火災(かさい)や災害時(さいがいじ)の避難(ひなん)に使うものとして設置(せっち)されたそうですが、安全性にやや不安があるということで、使用する予定はないのだそうです。


さて、浅草寿町について、 『下谷・浅草町名由来考(したや・あさくさちょうめいゆらいこう)』に次のような記述(きじゅつ)があります。
明治3年(1870年)浅草寿町と称(しょう)する町が始(はじ)めて誕生(たんじょう)した。
浅草寿町は浅草真砂町(まさごちょう)、同福川町(ふくかわちょう)、同黒沢町(くろさわちょう)、同石浜町(いしはまちょう)を合併(がっぺい)して、明治3年12月に起立(きりつ)した……。
『下谷・浅草町名由来考』(編集兼発行人:東京都台東区)
『下谷・浅草町名由来考』には、「寿」の町名由来は出ていませんが、4つの町が合併(がっぺい)した時に、縁起(えんぎ)のよい字ということで「寿」を選(えら)んだようです。
「縁起が良い」とは何か良いことがありそうな感じ、「縁起が悪い」とは何か悪いことがありそうな感じを言います。
「ことぶき」は「ことぶく」の名詞化(めいしか)で、元(もと)は「ことほぐ」(寿ぐ)という言葉です。
さらに元をたどって分解(ぶんかい)すると、「こと」は「言葉」の「言」、「ほぐ」は「祝ぐ」と書きます。「言祝ぐ」で読み方は「ほとほぐ」。言葉でお祝(いわ)いすることです。
つまり、「ことほぐ」とは、良い結果になるよう祈(いの)りの言葉を言って、幸せを招(まね)くといった意味になります。
「春の訪(おとず)れをことほぐ」「先輩(せんぱい)の結婚(けっこん)をことほぐ」などと使います。
「言」と「祝」が使われる熟語(じゅくご)と言えば、「祝言」。「祝言」は「しゅくげん」ではなく「しゅうげん」と読みます。
「祝いの言葉」の意味で、「祝言を述(の)べる」と言います。ですが、「祝言を挙(あ)げる」と言えば、「結婚式をする」ことです。
結婚式の披露宴(ひろうえん)では、いろいろな人が前に出て話をします。司会者(しかいしゃ)はもちろん、親戚(しんせき)、友人、先輩、後輩(こうはい)など多くの人がお祝いの言葉を言います。
しかし、結婚式での言葉は大変(たいへん)に気を使います。
結婚式では、言ってはいけない言葉があるのです。
例(たと)えば、「これからケーキカットをします」とは、司会者は絶対(ぜったい)に言いません。「カット」は「切る」という意味なので、新郎新婦(しんろうしんぷ)の仲(なか)が切れてはいけないからです。
では、何と言うのか。「これからケーキ入刀(にゅうとう)を行(おこな)います」と言います。「入刀」とは刀(かたな)を入れる、つまりケーキにナイフを入れるということです。
「終わる」も言ってはいけません。二人の結婚生活が早々(そうそう)に終わったら大変だからです。
では、結婚式が終わるとき、司会者は何と言えばいいでしょうか。
「これでお開(ひら)きとさせていただきます。」と言います。宴会(えんかい)が終わって、一つの場所から、参加者(さんかしゃ)が散開(さんかい)するので「開く」と表現するのです。
閉会(へいかい)なのに、「開く」と言うとは、何とも面白(おもし)いものです。
また、手紙(てがみ)など文章(ぶんしょう)では、「終わり」の代(か)わりに、「結(むす)び」と言うこともあります。「結論」「結婚」の「結」の訓読(くんよ)みが、「むすぶ」です。
「縁(えん)を結ぶ」という表現もあります。これも、縁起のよい言葉です。
縁起のよい植物(しょくぶつ)もあります。
「福寿草(ふくじゅそう」は、「福」も「寿」も縁起のよい字で、お正月(しょうがつ)によく飾(かざ)られます。
有岡利幸(ありおかとしゆき)著『縁起のよい樹(き)と日本人』に、福寿草について次のようにあります。
別名(べつめい)を元日草(がんじつそう)ともいわれるように正月とは縁(えん)の深い植物の一つである。
早春(そうしゅん)、雪が残っている時期にどんな花よりも早くまっ先(さき)に黄金色(おうごんいろ)の美しい花を咲(さ)かせるため、私たちに一足早い春を感じさせてくれるとても目出度(めでた)い花である。
有岡利幸『縁起のよい樹と日本人』(八坂書房)
南天(なんてん)という木も縁起がよいとされてきました。同書にこうあります。
南天は日本での呼び方の「ナンテン」が「難(なん)を転(てん)じて福となす(難転=なんてん)に通じることから縁起木(えんぎもく)とされ、愛されてきた。
有岡利幸『縁起のよい樹と日本人』(八坂書房)
日々(ひび)を縁起のよい言葉で言祝(ことほ)いでいきたいものです。寿(ことぶき)の街(まち)を歩きながら、そんなことを思いました。
では、本稿(ほんこう)もこの辺(あた)りで結びとしましょう。
