浅草をめぐる日本語情緒<16> おにへい(=鬼平)は正義(せいぎ)のために戦う! ポケモンは?


浅草をめぐる日本語情緒<16>
おにへい(=鬼平)は正義(せいぎ)のために戦う! ポケモンは?
浅草生まれで下町の「食(しょく)」と「人(ひと)」を愛した作家(さっか)、池波正太郎(いけなみしょうたろう)。その食通(しょくつう)ぶりや人情味(にんじょうみ)あふれる心根(こころね)は、作品の随所(ずいしょ)に現れ、日本人の心情を潤(うるお)してくれます。
この昭和を代表する文豪(ぶんごう)ゆかりの文物(ぶんぶつ)を展示(てんじ)しているのが、池波正太郎記念文庫(きねんぶんこ)です。同館は、台東区中央図書館とともに、生涯教育(しょうがいきょういく)センター内に設置(せっち)されています。以前も述(の)べましたが、中央図書館は浅草国際学院から歩いて1分ちょっとの近さです。

池波正太郎の人気小説に『鬼平犯科帳(おにへいはんかちょう)』があります。その冒頭(ぼうとう)のページから「浅草」が出てきます。
光照寺(こうしょうじ)という寺の横手に、その小間物屋(こまものや)があった。
……
そこは、浅草も北のはずれの新鳥越町(しんとりごえちょう)四丁目の一角(いっかく)で、大川(隅田川=すみだがわ))の西側二つ目を通る奥州街道(おうしゅうかいどう)が山野掘(さんやぼり)をわたり、まっすぐに千住大橋(せんじゅおおはし)へかかろうという、その道すじの両側に立ちならぶ寺院のすき間すき間に在(あ)る町屋(まちや)の一つであった。
池波正太郎『鬼平犯科帳』第1巻「啞の十蔵」(文春文庫)
古地図(こちず)を参考(さんこう)にしながらの執筆(しっぴち)か、見てきたかのように細(こま)かい描写(びょうしゃ)がなされています。
松本英亜(まつもとひでつぐ)著『小さな旅 「鬼平犯科帳」ゆかりの地を訪(たず)ねて』に「光照寺」について次のような記述(きじゅつ)があります。
原作では「光照寺」となっているが、「浄土宗寺院由緒書(じょうどしゅうじいんゆいしょがき)」では、元禄(げんろく)五年(1692年)の記録に「光照院」となっていて、以来ずっと「光照院」を名乗っているそうだ。
松本英亜『小さな旅 「鬼平犯科帳」ゆかりの地を訪ねて』第1部(小学館スクウェア)
松本英亜氏は、『鬼平犯科帳』の舞台を歩き続け、2014年から2019年にかけて、全話を網羅(もうら)した旅行記を著(あらわ)したのです。まさに労作(ろうさく)です。

『鬼平犯科帳』第1巻の第4話は「浅草・御厩河岸(おうまやがし)」です。
現代(いま)の隅田川へ架(か)かっている厩橋(うまやばし)。これが明治二十六年に架設(かせつ)される前には舟渡(ふなわた)しで、俗(ぞく)に〔御厩の渡し〕とよんだ。
『鬼平犯科帳』第1巻「浅草・御厩河岸」
『鬼平犯科帳』は江戸時代、首都(しゅと)の治安(ちあん)を担当した火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)という役人(やくにん)である長谷川平蔵(はせがわへいぞう)が、世(よ)に巣食(すく)う悪(あく)に立ち向かう物語です。悪をたくらむ者からすると、平蔵は、まさに「鬼(おに)」のごとき存在でした。
その「鬼の平蔵」が捕り物(とりもの、逮捕=たいほ)の際に盗賊(とうぞく)について言い放(はな)った言葉があります。
まるで獣(けだもの)だよ。世の中の仕組(しくみ)が何もわかっていねえのだ。獣には人間のことばが通じねえわさ。刈(か)りとるよりほかに仕方(しかた)はあるまい。
『鬼平犯科帳』第1巻「むかしの女」
非常に苛烈(かれつ)な言葉です。しかし、悪人を目の前にしたときには「刀(かたな)を捨てろ。いのちだけは助けてやる」と、情(なさ)けをかけます。
次のような長谷川平蔵の名言もあります。
一の悪のために十の善(ぜん)がほろびることは見のがせぬ。
悪を知らぬものが悪を取りしまれるか。
『鬼平犯科帳』第2巻「蛇(へび)の眼(め)」
池波正太郎は、その深い洞察(どうさつ)により、悪人の中にも人間性に見いだし、悪を取りしまる側(がわ)の役人こそ最(もっと)も悪の本質をつかんでおかなければならないと、主人公(しゅじんこう)に言わせたのでしょう。
『鬼平犯科帳』はドラマ化、映画化(えいがか)されました。先月(2021年9月)亡くなった、さいとう・たかおによって漫画化(まんがか)もされています。
同じく池波作品である『仕掛け人(しかけにん)・藤枝梅安(ふじえだばいあん)』も『鬼平犯科帳』と並び人気があります。両作品の新作映画も予定されています。池波の生誕(せいたん)100周年となる2023年に、まず梅安が、そしてその後、鬼平の封切予定(ふうぎりよてい)だそうです。

「鬼平」は「おにへい」と読み、4文字(4拍=はく)です。「鬼の平蔵」を短くして「鬼平」です。人名を略(りゃく)してあだ名のように言うとき、よく4文字となります。
「アラカン」(嵐寛寿郎=あらしかんじゅろう)、「キムタク」(木村拓哉=きむらたくや)、「タキクリ」(滝川クリステル=たきがわくりすてる)など、芸能人(げいのうじん)に対する愛称(あいしょう)としてもよく見受(みう)けられます。
嵐寛寿郎(あらしかんじゅろう) 「アラカン」
木村拓哉(きむらたくや) 「キムタク」
滝川クリステル(たきがわくりすてる) 「タキクリ」
また、日常生活でよく使われるカタカナ語にも略語(りゃくご)が多いです。
例えば、コンビニ、パソコン、エアコン、リモコン。
「コンビニ」はコンビニエンスストア、「パソコン」はパーソナルコンピューター、「エアコン」はエアーコンディショナー、「リモコン」はリモートコントローラー……。もはや、元(もと)の言葉がなんだったか分からないぐらいです。
コンビニエンスストア 「コンビニ」
パーソナルコンピューター 「パソコン」
エアーコンディショナー 「エアコン」
リモートコントローラー 「リモコン」
これらはどれも、4つの音です。日本語では、「ン」も一つの音として、しっかり発音(はつおん)します。いわゆる「4拍(はく)」の発音です。
日本語教育では、よく手を「パン・パン・パン・パン」と叩(たた)きながら、「コ・ン・ビ・ニ」と教えます。
ほかにも、ポケットモンスターの「ポケモン」、ドラゴンクエストの「ドラクエ」、パズル&ドラゴンズの「パズドラ」などもそう。
「おにへい」は正義(せいぎ)のために悪人と戦いますが、ポケモンやドラクエは何のために戦うのだろうかと、ふと思ったことがありますが、まあ、ゲームですから、こちらは楽しめればいいのでしょう。
ポケットモンスター 「ポケモン」
ドラゴンクエスト 「ドラクエ」
パズル&ドラゴンズ 「パズドラ」
テレビドラマの「逃(に)げるは恥(はじ)だが役(やく)に立つ」という長いタイトルは、「ニゲハジ(逃げ恥)」と略され、人気(にんき)を博(はく)しました。
『テニスの王子様(おうじさま)』と言う人気アニメは、「テニプリ」と省略(しょうりゃく)されました。「王子」が「プリンス」だからです。
逃げるは恥だが役に立つ 「ニゲハジ」
テニスの王子様 「テニプリ」
小説家(しょうせつか)の井上ひさしがこんなことを言っています。
略語(りゃくご)の大半(たいはん)が四音節(おんせつ)なのは、それが日本語の音としてはもっとも安定(あんてい)するせいです。
大野晋・丸谷才一・大岡信・井上ひさし『日本語相談 四』(朝日新聞社)
ですが最近(さいきん)、この傾向(けいこう)に少し変化(へんか)が見られるようです。メールアドレスは「メルアド」という人も多いのですが、若い人は「メアド」と言います。
コンピューターの歌手(かしゅ)ボーカロイドは「ボカロ」。その影響(えいきょう)なのか、スマートフォンは「スマホ」です。
メールアドレス 「メアド」
ボーカロイド 「ボカロ」
スマートフォン 「スマホ」
「イヤホン」という言葉もあるので、「スマホン」でもよさそうですが、新規(しんき)なものは「3拍(ぱく)」になっているのです。
「スマホン」では、やはりちょっと違うな、なんかカッコ悪いなという新しい時代感覚(かんかく)なのでしょうか。