浅草をめぐる日本語情緒<18> 奇っ怪(きっかい)な「電気(でんき)ブラン」――やっぱり、とっても、とびっきりのお酒

浅草一丁目一番一号にある神谷バー

浅草をめぐる日本語情緒<18>

奇っ怪(きっかい)な「電気ブラン」――やっぱり、とっても、とびっきりのお酒

浅草一丁目一番一号と言えば、雷門(かみなりもん)のすぐ近く、吾妻橋(あずまばし)のたもとにある神谷(かみや)ビルです。1階が神谷バー、2階がカミヤレストラン、3階が割烹(かっぽう)神谷になっています。

神谷バーの創業(そうぎょう)は1880年。浅草で明治(めいじ)、大正(たいしょう)、昭和(しょうわ)、平成(へいせい)、令和(れいわ)と、ずっと街の移り変わりを見てきました。

バーの名物(めいぶつ)である「電気(でんき)ブラン」というお酒は、文豪(ぶんごう)に愛されたカクテルです。

神谷バーは1880年の創業

太宰治(だざいおさむ)の『人間失格(にんげんしっかく)』にもその名が出てきます。主人公(しゅじんこう)が遊びを教えてもらう友人が浅草在住です。その堀木正雄(ほりきまさお)という友人についての描写(びょうしゃ)に「電気ブラン」が登場(とうじょう)します。

湯豆腐(ゆどうふ)で軽くお酒を飲むのが、安い割(わり)に、ぜいたくな気分になれるものだと実地教育(じっちきょういく)をしてくれたり、その他、屋台(やたい)の牛めし焼とりの安価(あんか)にして滋養(じよう)に富(と)むものたる事を説(と)き、酔(よ)いの早く発(はっ)するのは、電気ブランの右に出るものはないと保証(ほしょう)し、とにかくその勘定(かんじょう)に就(つ)いては自分に、一つも不安(ふあん)、恐怖(きょうふ)を覚(おぼ)えさせた事がありませんでした。

太宰治『人間失格』

朝日新聞(あさひしんぶん)東京社会部編(しゃかいぶへん)の、その名も『下町(したまち)』という書籍(しょせき)があります。1978年の発刊(はっかん)で、その冒頭(ぼうとう)に取り上げられているのが「電気ブラン」です。

次のように記(しる)されています。

浅草。雷門の前を吾妻橋(あずまばし)に向かうと、左角に神谷バーがある。連日連夜(れんじつれんや)、超満員(ちょうまんいん)である。

(ビール)ジョッキを右手でくうっとやってから、左手で朝顔型(あさがおがた)の小さなグラスをひと口。じっくり味わう。この店の、というより浅草の名物(めいぶつ)、電気ブランである。茶色の、妙(みょう)に甘(あま)くて、変(へん)にとろみがあって、薬草(やくそう)のにおいがする。奇っ怪(きっかい)な酒である。

朝日新聞東京社会部『下町』(朝日新聞社)

「奇怪(きかい)」ではなく、「奇っ怪」な酒だと強調(きょうちょう)しています。

「奇怪な」より「奇っ怪な」

「やはり」より「やっぱり」

「ぴたり」より「ぴったり」

「とても」より「とっても」

「めちゃくちゃ」より「めっちゃくちゃ」

「どしり」「ずしり」より「どっしり」「ずっしり」

小さい「っ」は強く言いたいときに便利(べんり)です。

「これっきり」「一人っきり」「付(つ)きっきり」も、そうです。

さしずめ「電気ブラン」は、伝統(でんとう)と地域(ちいき)に根差(ねざ)した「とびっきり」の妙味(みょうみ)なのです。

神谷ビルは東京メトロ銀座線の浅草駅出口からすぐ