浅草をいろどる日本語模様(もよう)<13> 「おめでとう」と「ありがとう」の過去形は?


浅草をいろどる日本語模様<13>
「おめでとう」と「ありがとう」の過去形は?
桜の便(たよ)りが届き始めた3月23日、卒業式(そつぎょうしき)が行(おこな)われました。
卒業生は、コロナ禍(か)の2020年12月から2021年1月にかけて来日した2020年10月期生です。当時、2週間の隔離(かくり)期間があり、その間もオンライン授業を行うなど、学習の遅れを少しでも補(おぎな)おうと、教師も学生も一生懸命(いっしょうけんめい)だったことが思い起こされます。
本当に大変な中での留学生活でした。その苦労を見事な結果に結びつけた卒業生に私たち教師は最大の敬意(けいい)を表したいと思います。
ほんの初級段階の日本語能力だった男子学生が努力(どりょく)を重(かさ)ね、約1年でJLPT(日本語能力試験)のN2に合格し、志望した県立大学の大学院修士課程に入学が決定しました。
また、JLPTのN1に合格した女子学生は、EJU(日本留学試験)でも好成績をマークし、この春から人気の高い難関(なんかん)大学に進学します。
卒業式から数日経(た)った今も、心から「おめでとう!」と祝福(しゅくふく)したい気持ちでいっぱいです。
かつて、「『おめでとう!』に過去形はない」という文章を読んで、はっとさせられたことがあります。日本ペンクラブ会長を務めた詩人・評論家の大岡信(おおおか・まこと)が「週刊朝日」紙上で読者の質問に答えた文です。
例えば、ホームランを打った野球選手へのインタビューで「おめでとうございました。」と言った場合について。
「私自身の今の気持ちは別として、さっきのあなたのホームラン、あれは喜(よろこ)ばしいことでした」とでも訳すべき言い廻(まわ)しになるでしょう。つまり相手を心から祝福しているのではないという感じを言外に含(ふく)んでしまうのが、この言い方です。
大野晋・丸谷才一・大岡信・井上ひさし『日本語相談 四』(朝日新聞社)
さらに大岡は次のように言っています。
自分の今の気持ちを相手に投げかけるのですから、過去形など使いようがないのです。日本語の場合、「ございます」は必要な場合も多いでしょうが、「ございました」は、要するに慇懃にして無礼な言い方ということになります。
大野晋・丸谷才一・大岡信・井上ひさし『日本語相談 四』(朝日新聞社)
確かに「おはようございました。」とは言いません。
ですが、「ありがとうございました。」は言います。これはどういうことでしょうか。
例えば、会社でAさんが忙しそうにしている時、Bさんが言います。
B:Aさん、忙しそうだね。何か手伝(てつだ)おうか。
A:ありがとうございます。じゃあ、……。
<仕事の途中で>
A:Bさん、だいぶん進みました。本当にありがとうございます。Bさんも自分の仕事があるでしょう。もうこの辺でいいですよ。
B:大丈夫ですよ。さあ、片付けちゃいましょう。
<仕事が終わって>
A:Bさん、今日はありがとうございました。お陰様(かげさま)で助かりました。
B:いえそんな。お疲れさまでした。
感謝(かんしゃ)しようとする出来事(できごと)がこれから起きる場合、または以前の出来事で現在もそれが続いていてまだ今後も続くといった場合、「ありがとうございます」を使用します。非過去形です。
一方、出来事がすでに完了している場合、「ありがとうございました」と過去形を使います。この場合、「おめでとうございました」とは異(こと)なって、無礼でもなんでもありません。
わが卒業生はきちんと正しい日本語でお礼を述(の)べていました。
「先生、今日までありがとうございました。」
いえいえ、(浅草国際学院を選んでくれ、様々な思い出を残してくれて)こちらこそありがとうございました。
