浅草をいろどる日本語模様(もよう)<12>  なぜ「おはよう」にだけ「ございます」?

上野公園の桜

浅草をいろどる日本語模様<12>

なぜ「おはよう」にだけ「ございます」?

桜花(おうか)舞(ま)う春の訪(おとず)れとともに、留学生が入国する日が、実に待ち遠しい今日この頃です。

俳聖(はいせい)・松尾芭蕉(まつお・ばしょう)に、「時の鐘(かね)」を詠(よ)んだ桜の季節の名句があります。

花の雲 鐘は上野か 浅草か

松尾芭蕉

俳人の小澤實(おざわ・みのる)氏は、この句意を近著(きんちょ)『芭蕉の風景(上)』で次のように述べています。

雲と見まがう一面の花盛(はなざか)り、響いてくる鐘の音は上野寛永寺(かんえいじ)のものか、浅草の浅草寺のものか。

小澤實『芭蕉の風景(上)』(ウェッジ)

「雲と見まがう」は「雲と見間違うような」という意味です。

さらに小澤氏は、芭蕉が隅田川沿いの草庵(そうあん)から詠んだことを踏(ふ)まえて、解説を続けています。

大きな句である。句の空間の大きさに圧倒される。芭蕉が住んでいたころは大きな建物など一切なく、はるか遠くまで見渡せたのである。

小澤實『芭蕉の風景(上)』(ウェッジ)

今でも、浅草寺の「時の鐘」は毎朝6時、寛永寺の「時鐘堂(じしょうどう)」は毎日、午前6時、正午、午後6時と、鐘が時を告(つ)げています。

どの国でもそうだと思いますが、あいさつは人間関係を構築(こうちく)、維持(いじ)する上で大変に重要です。

朝は「おはよう。」「おはようございます。」

昼は「こんには。」

夜は「こんばんは。」

朝のあいさつだけ、丁寧(ていねい)に「ございます」が付くことがあります。

会社員は朝出勤して上司に会った時、「(部長)おはようございます。」と言い、上司(じょうし)は「おはよう。」や「おはようございます。」と返します。

なぜ、「こんにちは」「こんばんは」には「ございます」が付かないのでしょうか。

「こんにち(今日)は」や「こんばん(今晩)は」の後ろには何か文が省略(しょうりゃく)されていると考えられるからです。

「今日はいい天気ですね。」「今晩は冷えますね。」などです。

ですから、「こんにわ。」「こんばんわ。」とは通常、表記しません。「私は……」と言う時と同じ、助詞(じょし)の「は」を使います。

それに対し、「おはようございます。」は文として完結(かんけつ)しているのです。

芸能界(げいのうかい)では、昼でも夜でも、その日に初めて会った人には「おはようございます。」と声をかける慣習(かんしゅう)があります。

時折(ときおり)、アルバイトをしている留学生が、バイト先では夜でも出勤時(しゅっきんじ)には「おはようございます。」とあいさつするよう言われ、びっくりしたという話を聞きます。

芸能界での言い方が広がっているようです。

また、勤務(きんむ)という社会生活にあっては、敬語(けいご)を使うべきだという認識(にんしき)があるため、時間帯にかかわらず、「おはようございます。」が浸透(しんとう)したという説(せつ)もあります。目上の人に「ございます」が使えない「こんには」「こんばんは」は、使いづらいということでしょう。