浅草をいろどる日本語模様(もよう)<14>  先生に「お疲れさま」は失礼?

浅草をいろどる日本語模様<14>

先生に「お疲れさま」は失礼?

言問(ことと)通りから浅草六区に通じる「浅草ひさご通り」というアーケード街があります。

「ひさご」(瓢)とは、かつてこの辺りに「ひょうたん池」があったことから、ひょうたん(瓢箪)を意味する「ひさご」の名が付いたそうです。

1955年、東京都による正式許可第1号の鉄骨(てっこつ)全面履開閉式アーケードが建設され、全国へ普及(ふきゅう)した画期的(かっきてき)な商店街です。

この通りに、来客を歓迎する大きな垂(た)れ幕があります。商店街のキャラクター「ひさごろう」の絵が大活躍しています。

その垂れ幕に「ようこそ」の文字が躍(おど)っています。

「ようこそ」は「よくこそいらっしゃいました。」を略(りゃく)した言葉だと言われています。言いやすいように「よく」から「よう」に変化しています。

ところで、「おはよう」を漢字で書くと、「お早う」です。

相手が早く起きたり、早く来たりしたことに対して、「お」を付けてあいさつするのです。「お早くございます。」が変化して「お早(はよ)うございます。」になりました。

初級の日本語学習では、時間帯による「おはようございます。」「こんにちは。」「こんばんは。」の使い分けを学びます。太陽の位置や時刻が分かる絵などを見せながら教えます。

この使い分けは、会社なり、街中(まちなか)なりで、知り合いに会った時の場合です。

家にいる時はちょっと違います。家の中では家人(かじん)同士で「こんにちは。」「こんばんは。」とは言いません。

朝起きて、「おはよう」。これは言います。

しかし、例えば大学生の息子が昼近くに起きて、お母さんに「こんにちは」とは言いませんし、息子も「こんにちは」とは言いません。寝ぼけて「おはよう。」と言うかもしれませんが……。

お母さんが何か言うとしたら、「いつまで寝てるの。」「もう昼だよ。」「ご飯はどうする?」などでしょうか。

夜、仕事から帰ってきたお父さんに、子どもが「こんばんは」とも言いません。お父さんが「ただいま」と言えば、家の人は「お帰りなさい」と返します。

家の中では朝の「おはよう」だけなのです。

佐々木瑞枝(ささき・みずえ)著『知っているようで知らない 日本語のルール』の「はじめに」で次のような逸話(いつわ)を紹介しています。

ある日、工学博士の友人から、ロボットへの日本語学習について相談があったというのです。難しい言い回しは使いこなすのに、あいさつができない、と。

ロボットは自分の家族であるロボットに、朝は「おはよう」、昼は「こんには」、夕方は「こんばんは」と話しかけていたというのです。

私たちは、家族の間で「こんには」や「こんばんは」は使いませんよね。これは、日本語の中にある隠れたルールの一つです。

佐々木瑞枝著『知っているようで知らない 日本語のルール』(東京堂出版)

では、会社の話に戻って、朝あいさつした上司に、午後、別の場所、例えばトイレやエレベーターの前などで会った時は、部下は何と言えばいいでしょうか。「こんにちは」とは言いません。「(部長)お疲れさまです。」というのが普通です。

本当は「お疲れさま」は、上司が部下に対して、いつも大変な中よく頑張っているね、という気持ちで言う言葉です。ですが、今では会社における「あいさつの言葉」として、皆が使っています。

日本語の授業が終わった時、学生から「先生、お疲れさまでした。」と言われることがあります。ちょっと変な感じがします。

日本語の教師ですから、もともとの意味を考えてしまいます。学生から、「先生はよく頑張っているね。」と言われた感じがするからです。

授業が終わった時は、「先生、今日もありがとうございました」や「先生、また明日よろしくお願いします。」などか、普通に「先生、さようなら」でいいのです。

今日は2022年3月31日。今年度(2021年度)も本日で終わりです。教職員でお互いに「お疲れさまでした。」とねぎらい合いました。