鉾田(ほこた)をいろどる日本語模様<6> 安産祈願(きがん)の十一面観世音
神聖なる「お産」という言葉

「塔ヶ崎の観音様」と親しまれる塔明山観音寺は、女性たちの安産を祈願(きがん)して建立(こんりゅう)されたと伝えられています。1月21日に行われた縁日の大法要祭にも多くの女性が参拝し、十一面観世音に祈っていました。

子どもを産むことを「お産(さん)」と言いますが、よく考えると、漢字一文字の音読みに美化語の「お」がつく言葉は珍しいです。
通常、音読みに美化語をつける場合、ご縁(えん)、ご飯(はん)のように、「ご」をつけます。
訓読みの場合、お年(とし)、お豆(まめ)のように、「お」がつきます。
「お」プラス音読みの例(漢字一文字)は、お燗(かん)、お重(じゅう)、お節(せち)、お席(せき)、お茶(ちゃ)、お能(のう)、お面(めん)、お椀(わん)、などを思いつくぐらいです。
【「お」+音読みの漢字一文字】
お産(さん) お燗(かん) お重(じゅう) お節(せち) お席(せき) お茶(ちゃ) お能(のう) お面(めん) お椀(わん) など
伝統的または、日常的な言葉であり、訓読みか音読みか、すぐに判断できないような言葉でもあるからでしょうか。しかも、燗、茶、席、能、面、椀などは、「お」がなくても、意味は通じます。
「重」は「重箱(じゅうばこ)」の略です。
「節」は、今でこそ単独ではあまり使われませんが、「節句」の意味で昔は通じていました。
清少納言の『枕草子』に次のようにあります。
節(せち)は五月にしく月はなし
現代語訳:節句は五月(の端午の節句)にまさる月はない。
清少納言『枕草子』
「産」はどうかと言うと、この一文字だけで使われることはありません。「お産」で初めて子どもを産むことだと分かります。『大辞泉』にも次のように記載されています。
【さん(産)】 (多く「お産」の形で)子供を産むこと。出産。分娩(ぶんべん)
『大辞泉』
また、時代劇では、名前の前に「お」がつく女性が登場します。しかし、名前は訓読みが多いし(おはな<花>、おはる<春>など)、音読みであっても、昔は平仮名が多い印象です(おせん<千>、おきち<吉>など)。
「お産」という日本語が定着しているということは、それだけ神聖なものだということでしょう。
音を観ずる「かんのん」、音が変わる「へんおん」
世間の悩める人々の声を聞いて観じとり、ただちに救う求道者とされている観世音菩薩は、「観音」と称されることがあります。
「かんおん」ではなく、「かんのん」です。
KANプラスONで、NとOがくっついて発音されるのですが、単にくっつくだけではなく、「N」を重ねて発音するのです。
つまり、「KANON」(かのん)ではなくて、「KANNON」(かんのん)。
これは「連声」(れんじょう)と言われる変音現象です。
天皇(てんのう)、反応(はんのう)、感応(かんのう)、安穏(あんのん)、銀杏(ぎんなん)、輪廻(りんね)、因縁(いんねん)、云々(うんぬん)、三位(さんみ)など。
【連声になっている言葉】
天皇(てんのう) 反応(はんのう) 感応(かんのう) 安穏(あんのん) 銀杏(ぎんなん) 輪廻(りんね) 因縁(いんねん) 云々(うんぬん) 三位(さんみ) など
「三位」は、SANプラス I ですが、Nと I の間にMが加わっています。よって、「さんに」ではなく「さんみ」という変化です。
叙位・叙勲の「正三位」「従三位」など、今でも「さんみ」と言います。しかし、運動会など、単に順位を表す場合の「三位」は、「さんい」です。
今、書いていて思ったのですが、「順位」(じゅんい)は連声にならないです。比較的新しい言葉だからでしょうか。
変音(へんおん)、変異・変位(へんい)、婚姻(こんいん)、音韻(おんいん)、船員(せんいん)、全員(ぜんいん)なども、連声になっていません。
「三位一体」(さんみいったい)など宗教的な意味で表現する際、連声として残っている場合が多いようです。「観音」をはじめ、輪廻、因縁、安穏なども宗教的側面が強い言葉です。
